2026年5月7日、欧州連合理事会と欧州議会はDigital Omnibus AIに関する合意に達した。2024年の施行以来、AI法(AI Act)への初の体系的改正である。全面的な見直しではない。期限の延長、中小企業向け義務の簡素化、リスクカテゴリー間の境界線の再定義だ。日本企業にとっても、EUと取引する企業や欧州市場向けにAIツールを開発する事業者には直接的な影響がある。多くの担当者はまだ詳細を把握していない。
まず数字から入ろう。2026年5月に公表されたデータによると、イタリアの中小企業の79%がすでにAIツールを活用している。しかし、社内AIポリシーを整備しているのは4社に1社にも満たない。この「実態としての導入」と「正式なガバナンス」のギャップこそ、Digital OmnibusがAI法の当初の枠組みよりも柔軟な形で規制しようとしている領域だ。
新たな義務の対象となるAIシステムとそうでないもの
欧州連合のAI法はAIシステムを4つのカテゴリーに分類している。Digital Omnibusはこの構造を変えない。改正の主眼は、各カテゴリーへの適用期限と適用閾値にある。
AIリスクカテゴリー別のAIシステム分布(Digital Omnibus 2026適用)
出所:European AI Office・SpazioCrypto編集・2026年5月
実務的に言えば、中小企業が日常的に使うAIシステムの大半(社内チャットボット、文書作成支援、データ分析、製品推薦、仮想アシスタントなど)は「最小リスク」カテゴリーに該当する。これらについては、AI法の当初から義務は軽微であり、Digital Omnibusもそれを維持している。義務的な登録も正式な適合性評価も不要で、推奨されるグッドプラクティスの遵守のみが求められる。
Digital Omnibusに関する欧州委員会の公式見解はXアカウントEU_Commissionで随時更新されている。
具体的な変更点:期限と中小企業への影響
むしろ5月7日の合意から、実務上の変更点が3つ浮かび上がる。
第一:非重要セクターにおける高リスクシステムの期限が延長された。欧州データベースへの登録義務と一部カテゴリーの適合性評価が先送りとなった。マーケティング、意思決定を伴わない人事業務、物流最適化など規制度の低い分野で働く事業者は、対応のための時間を得た。
第二:従業員250人未満かつ年間売上高5,000万ユーロ未満の中小企業については、社内でデプロイするAIシステムに関する技術文書の義務的要件が軽減された。欧州産業界から中小企業への負担が過大だとの声が上がっており、欧州委員会はこれを受け入れた形だ。

第三:テキスト生成、コード生成、質問応答などに使われる生成AIシステムのうち、「高影響モデル」(訓練計算量の閾値:10の25乗FLOP)に該当しないものは、「汎用AIモデル」としての重い義務から外れる。具体的には、イタリアの中小企業がメール自動化や文書作成にClaude Sonnet、GPT-4o、Gemini Flashを使う場合、特定の適合性認証は不要となる。一方、GPT-5やClaude Opusのようなモデルは閾値内に収まる。ビジネス向けAI自動化を管理する担当者にとって、これは実務上、重要な区別だ。
すでにAIを活用する企業が今すべきこと
率直に言えば、今すぐ大きく変わることは少ない。しかし今後18カ月で多くが変わる。Digital Omnibusは期限を延ばしたのであって。義務をなくしたわけではない。2026年5月のデータによれば。中小企業の60%超がまだ社内AIポリシーを持っていない。得たのは時間であり、永続的な免除ではない。
今から整備しておく価値がある実務上の対応を整理する。
- 自社で使っているAIシステムを棚卸しし、それぞれがどのリスクカテゴリーに該当するか確認する。
- 利用中のAIツールのプロバイダーが「高影響モデル」に該当するかどうかを検証する。
- 最小リスクのシステムであっても社内利用ポリシーを策定しておく。2027年以降、多くのセクターで公共入札の要件となる見込みだ。
AI法の統合テキスト(EU規則2024/1689)はEUR-Lexで公開されており、一次的な規範上の参照先となる。
Digital Omnibusの改正は、委任規則を通じて正式テキストに反映される見込みで、公表は2026年9月までとなる可能性が高い。企業内でコンプライアンス担当や技術管理の職責を持つ担当者にとっては、政治的な声明を追うよりも、この委任規則の動向を注視することの方が実務上の意味は大きい。
日本企業の観点から見ると、EU市場向けにAIシステムを提供する事業者(金融サービス、製造、医療機器など)は、金融庁(FSA)の国内ガイドラインとAI法の域外適用条項の両方を把握しておく必要がある。EUの改正が日本の規制整備に先行するケースもあり、動向の把握が競争上の優位につながる。

日本語圏の議論でまだ十分に取り上げられていない点がある。自社ツールがエンドユーザー向けの透明性要件を満たしているかどうかを確認した企業がどれだけあるか、という問いだ。この要件はDigital Omnibusでも変更されていない。Google、Microsoft、Anthropicはすでにエンタープライズ製品を対応させている。ニッチなツールや社内開発ソリューションを使う企業では、確認作業の大半がまだ手つかずのままだ。2026年9月の委任規則公表と、欧州AI局(European AI Office)が発行する実施ガイダンスに注目し、自社AIシステムの棚卸しを今のうちに済ませておくことが最善の備えとなる。
