5年前、彼らの名前を知る者はほとんどいなかった。今や2人はイタリア長者番付トップ4に名を連ねる。そしてユベントスの買収をめぐる攻防が、静かに続いている。
USDTで築いた世界規模の金融帝国
ジャンカルロ・デヴァジーニは1964年生まれのトリノ出身。元形成外科医という異色の経歴を持ち、電子機器の売買を経て暗号資産業界に参入した。現在はテザー社の共同創業者兼CFOとして、世界最大のステーブルコインであるUSDTを統括する。2026年初頭のForbesデータによれば、デヴァジーニのネットワースはイタリア富豪ランキングで1位に位置付けられている。
パオロ・アルドイーノは1984年生まれ、リグーリア州チザーノ・スル・ネーヴァ出身。ジェノヴァ大学で応用数学を学んだ後、ロンドンでスタートアップを立ち上げ、2014年にBitfinexへ参画。2023年10月からはテザーのCEOを務める。日本の暗号資産コミュニティにもよく知られた名前だ。
テザーは2024年に130億ドル超の純利益を記録した。その収益源は主に、USDT準備金として保有する米国財務省証券からの利回りだ。全世界で4億人以上のユーザーを抱え、アルゼンチン、ナイジェリア、トルコ、エジプトなどの新興市場では事実上の決済インフラとなっている。
USDT is the People's digital dollar.
— Paolo Ardoino 🤖 (@paoloardoino) April 2, 2026
People and institutions will always gravitate towards solutions that protect them in difficult moments like these security breaches.
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ユベントス株11.5%と拒否された11億ユーロの買収提案
テザーは現在、セリエAの名門ユベントスの株式11.5%を保有する第二位株主だ。第一位はアニェッリ=エルカン家の持株会社Exorで65.4%を握る。
テザーの取得は段階的に進んだ。2025年2月に5%を取得し、同年4月に10%超へ積み増し、その後1億ユーロの増資にも参加した。そして2025年12月12日、アルドイーノはExor保有分の全額現金買収を提案する拘束力ある書面を送付した。評価額は11億ユーロ。
ジョン・エルカンの返答は数時間以内に届いた。冷淡かつ感情的なものだった。
"ユベントスは102年間、我が家族の一部だ。"
取締役会は全会一致で買収を拒否。テザーはユベントスを手に入れられなかった。
撤回されない提案と長期戦略
しかしアルドイーノは諦めていない。2026年2月に放送されたインタビュー番組「Black Box」でこう述べた。
"ユベントスはもっとうまくやれると思っている。完全な支配権がなくてもポジティブな変化に貢献したい。私もジャンカルロも子供の頃からのファンだ。世界に2億人のファンがいて、その多くはテザーがサービスを提供する新興市場にいる。提案は撤回しない。"
テザーはすでに取締役会に代表者を送り込んでいる。フランチェスコ・ガリーノが2025年11月の株主総会で取締役に選任された。象徴的な存在ではなく、実質的な足がかりだ。
2026年3月時点で、デヴァジーニはイタリア富豪ランキング1位、アルドイーノは4位にそれぞれランクインしている。11億ユーロの提案を行った時点よりも、2人の財務力はさらに強まっている。
日本の投資家が注目すべき視点
日本の金融庁(FSA)はステーブルコイン規制において2022年の資金決済法改正で独自のフレームワークを構築した。国内ではSBI VCトレードやbitFlyerなどを通じてUSDTへのアクセスは限定的だが、テザーの存在感は日本の暗号資産市場でも無視できない。デヴァジーニとアルドイーノが証明したのは、USDTが単なるトレーディングツールではなく、新興市場の金融インフラそのものになり得るという事実だ。
日本でも雑所得として最大55%の税率が課される暗号資産取引だが、テザー自体は発行体としての収益モデルが極めて明快だ。米国債の利回りを享受しながら発行手数料を徴収するビジネスモデルは、JVCEA(日本暗号資産取引業協会)が推進する透明性の高い運営モデルとも親和性が高い。
Exorは売らない。それは確かだ。だが高度な金融交渉の世界では、「絶対に」という言葉には往々にして期限がある。テザーの次の一手を注視すべき理由は十分にある。
